観光地紹介

ラン中古都は、四川省の北東部で、嘉陵江の中上流にある。東に大巴山地と接し、西に剣門山地に臨み、四川北部に雄偉に峙っていて、都市の歴史は今から2300年があり、国務院に「全国にて歴史と文化の有名な都」、「中国にて優秀な観光都市」、「中国春節文化の故郷」、などと讃えられている、中国にて最も完備な4大古代都市だと言われる。風水文化、三国文化、春節文化等多元文化及び地方民俗がラン中古都繁栄共存し、調和を取れた発展を成し遂げて、専門家より、「多元文化と調和の取れたモデル」となどと讃えられている。古都の位置選択及び建築の配置は山と水に囲まれ、山、水と都をひとつにして、唐、宋王朝のパターンと明清の風貌を維持してきた古代都市の建築を「中国の民族の建築の宝庫」として称賛される。「阆苑仙境、風水の吉地」と言われる。

華光楼

華光楼は、古来から鎮江楼とも呼ばれ、既存建物は清同治6年に再建されたものである。南側における嘉陵江沿いに位置し、古城の樓閣では最もエレガントで壮麗なランドマークで有り,「ラン苑ファストフロア」とも呼ばれる。

錦屏山

古城とは川を隔てて向かい合い、「二つの峰が並べまるで屏風(びょうぶ)を立てられ、花と木は縺れ合いシルクに刺繍してあるように美しい」ことからその名前が得られたそうで、古来から「嘉陵江第一山河」と呼ばれた。山には数多くの名勝古跡があり、国家のAAAAクラスの観光景勝地に指定された。

紅軍記念公園案内書

ラン中は川陝ソビエト地域の重要な構成部分である。1933年、紅四方面軍はラン中に入り三年間転戦し、かつてここに4つの県レベルのソビエト政権を設立し、2万2千人にのぼるラン中の市民が紅軍に入り、1935年五渡口から嘉陵江を強行渡河して万里の遠征始めた。7500名にのぼるラン中籍軍人が革命の為に命を捧げた。2010年、城南の黄花山に紅軍記念公園が増築され、紅軍魂広場、万里の遠征出発地彫塑群、烈士祭祀区、紅軍展示館、英烈勲功壁、石刻標語回廊等の部分から構成する。

漢桓侯祠

即ち、張桓侯祠である。张飞庙とも呼ぶ。三国蜀の武将としての張飛祠であり、お墓の前に桓侯祠を建てられ、現在まで1800年に近い。既存の殿宇は明清時代に再建されたもので有り、「国保」に指定された重要文化財である。

清朝四川貢院

貢院は科挙制度が有った時期に各省で郷試を行われた場所で有る。清朝初の20年間、当時のラン中は四川省の省都として、ここでは5回の郷試を行った。現在は、「国保」に指定された重要文化財である。康煕五年(1666年)四川貢院は成都へ移設された。

壯元洞

「読書岩」、「将相堂」とも言われる。北宋ラン中陳三兄弟が幼い頃、此処で読書した所である。下の弟堯佐が先に進士に及第し、兄の堯叟壯元に及第し、二人とも位は宰相まで至り、一番下の弟堯諮も壯元に及第し、位は節度使まで至った。

白塔

文筆塔とも呼ばれる。明朝に建設された。街の東河岸の山頂に屹立し、古城水の厄払いのランドマークである。高さ29メートルで、13階建てで、その内6階まではスパイラル階段が91級有って、上に登って遠くを眺めるのに最適である。

春節文化テーマ―パーク案内書

西漢時代のラン中籍天分歴算学家落下閎は「太初歴」を創作し、農歴の正月一日を年初と恒常したのが、即ち今の春節である。その故、落下閎は「春節老人」と尊ばれる。ラン中の春節は、まさに多種多様で、独特の特色があり、「中国の春節文化の故郷」と命名された。2010年には江南にて国内唯一の春節文化テーマ―パークが建設され、漢闕大門、八卦広場、落下閎銅像、春節福鐘、年街、祈福殿及び四季園林から構成する。祈福殿の2階は落下閎記念館で、1階は春節文化展示館である。

中天楼

中天楼はラン中古城中心のランドマークで有り、高さ24メートルで、グラウンドフロアは四通であり,古城の横と縦メインストリートの交差点に位置し,風水の“天心十道”に答えてあるのようだ。民間では「四牌楼」とも呼ぶ。

大仏寺

山に頼って建てられ、20年間の苦難を経て内摩崖釈迦坐佛は、唐元和4年(809年)に刻まれた。高さ9.88メートルで、表情は威厳で美しい。傍らには数千尊の小さい仏がある。四川10座の大仏の一つであり、「国保」に指定された重要文化財である。

滕王閣案内書

唐の滕王李元嬰が隆州刺史にいる時、ラン中城北の玉台山に玉台観と滕王亭を建造した。杜甫がラン中へ旅して「滕王亭子二首」を残したため、滕王亭は天下にその名が知られ、清朝の時「滕王閣」と改名した。 2011年に敷地面積40平方メートルの滕王閣風致区を再建し、将軍広場、雲錦園、万丈丹梯、滕王閣、唐代仏塔(国保)、頤神慈氏二洞、玉台山荘庄、蝶夢堂、丹青坊、积翠亭等の観光スポットと景点和花と木のフォーレストからなり、国家レベルのラン中森林公園の一部分である。

1